昭和40年代以降のブームから、喫茶の街と呼ばれることの多かった吉祥寺。そのかつての一時代を築いた有名店が閉店、というニュースを、最近になって耳にすることも多いです。しかしながら、その隙間を埋めるかのように面白いアイディアやこだわりをもったカフェが次々と新規参入し続けています。吉祥寺の街には、昔からカフェのサードプレイス的な利用をする方々がいたのでしょう。古い店が潰れて新しい店が現れてという新陳代謝は起これど、その代謝の起こるステージ自体には根強い支持があり今でも支えられているように思えます。
スペシャルティコーヒーという差別化フレーズ
とは言え、事業主にとっては、この街の早い新陳代謝は難敵です。趣味性の高いカフェを開いて、悠々まったりとしたセカンドライフを送れる街ではなくなっています。そこでなにより、多くの人の耳に届きやすい、分かりやすいコンセプトを持ったカフェであることが、生き残りの手段として重要になるのです。
以前紹介した変わりカフェについても、無数にある吉祥寺のカフェの中からメディアにピックアップされることも多く、コンセプトの押し出しには成功できていると言えるでしょう。
さて、変わりカフェ程ではないにしろ、メディアにアピールし、コンセプトを明確にすることの出来るキャッチフレーズが”スペシャルティコーヒー”です。「なんと吉祥寺でスペシャルティコーヒーが愉しめる店!」など書くと、少し聞こえが良くなるわけです。ではこのスペシャルティコーヒーとは一体どういうものなのでしょうか。
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スペシャルティコーヒーという言葉の誕生
スペシャルティコーヒーの”スペシャルティ”という語は、日本人の耳には、”とびっきりの”であるとか、”グレードの高い”であるかのような印象を与えるかもしれません。しかしながら、英単語specialtyの意味合いとしては、”名産品”、”特産品”などの方が近く、どちらかと言えば、”特有性”のスペシャルです。
スペシャルティコーヒーという語が初めて使われたのは、1974年に業界紙に掲載された記事、そして1978年フランスで行われたコーヒーの国際会議。エルナ・クヌッセンというアメリカのコーヒー会社のオーナーが提唱者です。そもそもの意味合いは、言わばワインにおけるテロワールのような、非常に小範囲の生産地・気候条件が特有の風味をもたらし得るということへの意識を喚起する語でした。
コーヒー豆市場は、市場規模で石油に次ぐと言われる程大規模なものです。コーヒー栽培への新興国の参入などで、市場価格が下落すると、栽培に携わる非常に多くの人々の生活が成り立たなくなる。その一方で、スペシャルティコーヒーの提唱が行われる以前のコーヒーの品質基準は、”高度何m以上で栽培された豆”であるとか、”取り出したサンプル中の不純物・欠点豆の混入度合い”など、栽培農園の個性を取り除いた、輸出会社の手元にあがる収穫物のみを対象とする物差しばかりでした。したがって、品質基準において同じものが生産できるのならば、より安いコストの生産手段へと代替する方が良い。市場原理のおかげで、栽培従事者の賃金はどんどん安くなり、また消費者は質の低いコーヒーしか飲めなくなる。悪循環が存在していました。
スペシャルティ = とびっきり が半分正解なワケ
そうした背景がある中、クヌッセン女史の提唱したスペシャルティコーヒーは、悪循環を断ち切る銀の弾丸的期待をかけられていくことになります。農園毎に個性があるという前提のもと、コーヒー豆の評価は農園単位で行われ、格付けされます。格付けの方法は買い付けを行う側による実際のテイスティング(特にカッピングと呼ばれます)で、カップのもつ個性やおいしさを加点法により評価します。
1982年にはアメリカにおいて、アメリカ・スペシャルティコーヒー協会(SCAA)が設立され、格付けの方法が確立されるにいたりました。点数評価の本来の意義は、消費国側での採点を生産者と共有し、生産者側での品質向上努力とその評価、付加価値化を促すというものでしたが、100点満点の評価で80点以上のもののみがスペシャルティコーヒーとの称号を得るという仕組みができたことで、スペシャルティコーヒーの”スペシャルティ”には、消費者に分かり易い、”とびっきり”の意味が与えられていくのです。
スペシャルティ = こだわっている との含意
さて、1970年代には落ちていく一方であったコーヒー豆の品質に対して、クオリティの高いコーヒーを追求したいという動きは、スペシャルティコーヒーただ一つではありませんでした。有名なスターバックス、タリーズ、シアトルズベストなどのシアトル系コーヒーチェーン、そしてそれらのブランドがシアトルから生まれる下地を作ったと言える、ピーツ・コーヒーのアルフレッド・ピーツ(”the grandfather of specialty coffee”と呼ばれます)なども、消費者の品質要求の向上と、それに伴う生産者の品質改善の推進者であると言えます。
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今日では、シアトル系コーヒーチェーンはスペシャルティコーヒーの提供者を自称しています。一方、大規模チェーンに成長したこれらのチェーンが提供するコーヒーについて、スペシャルティコーヒーではないとの主張も、独立系コーヒー店からは挙がります。画一化され自動焙煎が一般的となったこれらのチェーンに対しての”スペシャルティ”、こだわりを持っているということの強調のため、”スペシャルティコーヒー”というキャッチフレーズに寄せられる期待もあるのです。
日本におけるスペシャルティコーヒー
日本の場合はどうでしょう。スペシャルティコーヒーのカッピングや広報周知などを行う、アメリカにおけるSCAAのポジションとしてあるのが、日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)です。ところがこの団体の前身となったのは、全日本グルメコーヒー協会という団体であり、設立当初よりスペシャルティコーヒーの理念を背負った団体というわけではありません。むしろコーヒー店の業界団体としての側面が強く、”スペシャルティコーヒー”という言葉が”優良店”認定ほどの意味合いで用いられることにも、新たな需要の喚起や市場の閉塞の打破など、商業的な好材料として程度の認識をしているという感があります。
背景には、フェアトレード商品の支持や途上国経済を破壊する商品への不支持といった購買行動が、日本の消費者の間には根付いていないということが挙げられるでしょう。
スペシャルティコーヒーの愉しみ方
ここまで説明してきたことはつまり、日本で使われる”スペシャルティコーヒー”のキャッチフレーズが、必ずしもそれを標榜する店の途上国問題への意識の高さや品質追求への態度を表しているとは限らないといった内容です。また、”スペシャルティコーヒー”を標榜しない店の一杯が、標榜する店の一杯に比べて比較的劣っているという普遍的事実もないでしょう。
それでも、数あるカフェの中から一軒を選ぶ際に”スペシャルティコーヒー”のキャッチフレーズをたよりにすることには意味があります。カッピングの加点審査を経た、特徴のある豆を農園名とともに愉しめるということ(これは、クヌッセン女史の提唱に乗っかるというひとつの愉しみ方ですけどね)。提供する側に、その農園の特徴を殺さないかたちでの提供を期待できるということ。そして、スペシャルティコーヒーのフレーズに惹かれてやってくる面倒臭いコーヒーフリークをあしらう知識を、店員が持っているであろうこと。カフェは雰囲気だけあれば良いというスタンスとは真逆となりますが、それも一つの愉しみ方です。
吉祥寺でスペシャルティコーヒーが愉しめるお店
前置きも長くなりました。一応このサイトは吉祥寺を含む武蔵野三大湧水池エリア情報サイトなので(笑)。吉祥寺でスペシャルティコーヒーを提供しているお店、知っている限りを場所など簡潔に紹介して終わりたいと思います。
ROASTER CAFE ぷらす90℃
中道通りと昭和通りの間にあるお店です。2012年6月にオープン以来、豆の販売に加え淹れたてのスペシャルティコーヒーを比較的安価に愉しめるお店として営業されています。
ホームページはこちら。テイクアウトの当サイトレビュー記事はこちらに。
リュモンコーヒースタンド
吉祥寺の中でもこれから発展する余地がいっぱいあるかもしれない末広通りにある話題店。2011年8月のオープン。もちろん豆の販売もあります。
ホームページはこちら。テイクアウトの当サイトレビュー記事はこちらに。
カフェ モンブラン吉祥寺
西三条通りにある、カフェ兼ギャラリーのお店です。土日営業。もともと帯広に1930年にオープンしたカフェが、2010年に吉祥寺で復活したという来歴だそうです。ゆったりとした店内は、実は自宅のリビングだそう。スペシャルティコーヒーの提供はフレンチプレスのようです。
ホームページはこちら。
(2014.8追記)
7月31日、新たにLIGHT UP COFFEEというスペシャルティコーヒー店が中道通りにオープンしました。はらドーナツの隣、吉祥寺西公園の目の前という立地。コーヒーはブレンド400円、シングル500円から(アイスコーヒーは各50円増し)。飲み比べセットなんてメニューがあるのも面白いところかも。
コメント
[…] 前回の記事は、スペシャルティコーヒーについての紹介部分があまりにも膨らんでしまったため、本来こちらのお店の紹介記事に添えるつもりであった豆知識(スペシャルティジョーク!)を独立記事として先に出したというわけでした。というわけで、今回はスペシャルティコーヒーについてはすでに説明済みという前提で、お店の紹介だけをしていきたいと思います。 […]
[…] 一方、リュモンコーヒースタンドはメディアに取り上げられることも多く、来街者向けの店の顔も持っています。スペシャルティコーヒーという看板文句を立地の意外さとも上手く結びつけて、このお店はこだわりを持っているぞ、と思わせることが出来ているように思います。 […]