越谷オサム『陽だまりの彼女』 善福寺公園を歩いても猫には会えないだろう

善福寺公園がどう作品に登場するかというテーマですので、書評じみたことは、また新たにコンテンツを作ってそちらで行うかもしれません。

善福寺公園

先日10年ぶりに組まれました、アド街ック天国での西荻窪特集。10年前、2004年のランキングでは2位につけていた善福寺公園ですが、今回は一転ランキング外になっていました。10年の月日は街を大きく変化させるといいますが、幸いキッチンキャロットの場合と異なり、この10年の間に善福寺公園自体がなくなってしまったわけではありません。ただ、西荻窪という街が、郊外型の公園とセットで理解される個性の少ない街ではないと、広く知られるようになったのかもしれませんね。

とは言え、このサイトとしては善福寺公園がただの郊外型公園ではないと主張して、次回のランキングで再びランクインしてくれるよう期待して活動したいものです。

『陽だまりの彼女』に、善福寺公園が登場?

前置きが長くなりました。今回取り上げるのは、松本潤と上野樹里主演、現在絶賛上映中の映画『陽だまりの彼女』。この映画の舞台および撮影地は、神奈川県内となっています。これは原作小説の映像化にあたり、「陽だまり」の語に合ったイメージをということで、監督の三木孝浩氏が湘南地方を中心としたロケーションを選ばれたのだそうです。
一方、原作小説の舞台は東京都内となっています。主人公の浩介が千葉から東京の大学に進学するということを伝え聞いたヒロインの真緒は、浩介と東京で再会することを期待して、「東京」と名のつく大学を受験する。これが明記はされていないものの、どうやら「東京女子大」のことで、浩介が上井草のアパートを借りて社会人生活を始めたという関係もあり、物語の舞台として善福寺公園と井草八幡宮が出てくるようです。

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善福寺公園が当世の文芸作品に出てくることも珍しいことながら、よりマイナーな井草八幡宮とのセットで登場となると、物語内での描写のされ方に興味が湧かないわけがありません。書店で、「女子が男子に読んでほしい恋愛小説No.1」というキャッチフレーズとともに文庫版が平積みになっていたので、早速入手して読んでみることにしました。

何故善福寺公園が舞台になったのか

小説自体は、スルっと1時間半程で読み終わることが出来ました。冒頭の断り書き通り、感想は省いて善福寺公園の登場経緯を考察します。まず、作品の作者が善福寺公園に詳しく、思い入れがあるのかということですが、これについては越谷オサム氏のインタビュー等を当たってみたものの、特にそうした記述は見当たりませんでした。また、経歴などを見ても、東京都足立区出身、埼玉県越谷市で1歳から育つとあり、在住歴があるわけではなさそうです。
『陽だまりの彼女』には具体的な地名として他に、千葉県の鎌ケ谷、松戸なども登場します。こちらの千葉県についても、作者本人との縁は無さそうですので、この小説の舞台というのは、作者の取材のもと物語にふさわしい場所としてあてがわれたものであると考えられるでしょう。

それでは、何かしらのロケーション的要請があって善福寺公園が選ばれたのか、その点が気になるのですが、原作物語中の善福寺公園特有といった描写の少なさから見るに、どうも西武線沿線上井草という郊外感たっぷりな舞台設定の、付随情報として善福寺公園と井草八幡宮が付け加えられているだけではないかと予想が出来そうです。
物語は東京の中心に近い恵比寿での商談を舞台の導入としますが、仕事で出会ったよそよそしい関係の浩介と真緒が都会という舞台に投影されているのに対して、打ち解けあってからの2人は上井草や大泉学園の郊外的情景に投影されています。幼少時の2人が出会った鎌ヶ谷もまた郊外都市。東京の中心部からおおよその等距離円上に乗る上井草と鎌ヶ谷というロケーションは、離ればなれになってしまった2人が出会って、止まっていた時間が動き出すかのようにかつての関係の続きを始めるというテーマにふさわしかったのではないでしょうか。

作者にとっての郊外都市

完全な都会ではなく、郊外都市での出来事を書くということについて、越谷オサム氏は出身地の越谷市のインタビューでこのように答えています。

僕は1歳から越谷に住んでいますが、学生時代はレイクタウンや娯楽施設もなく、何かをするには都内に出る必要がありました。いつも、都会はいいなぁと憧れながらこの町で過ごしてきました。僕のような人はたくさんいると思います。多くの人が、越谷や習志野、相模原といった都市近郊や田舎に住んでいて、何もないつまらない町だと言いながら暮らしている。それでも、日常生活の中で、なんだかんだ楽しいことがあるんですよね。僕はそういう出来事を書きたいんです

出典:作家 越谷オサムさん 越谷市公式ホームページ

越谷という土地もまた、上井草や鎌ヶ谷と同じ等距離円上にあるのでしょう。これより近くても遠くても、描写のリアリティがなくなってしまう、そんなライン上の舞台というところで、上井草が選ばれたのではないでしょうか。
つまり、幼少時の浩介と真緒が思い出を育んだ鎌ヶ谷の公園、「銀杏公園」は匿名の公園として登場しますが、善福寺公園もまた同じ比重をもった匿名公園であることが、物語の構造上求められているのでしょう。善福寺公園が物語の中で個性を獲得し匿名公園と対置させられるならば、そこには時間の流れと変化が必要とされる…この物語の結末は、ひとえにそういったものの否定であるだろうと考えられるのです。

『陽だまりの彼女』の舞台は善福寺公園なのか

結論に入ります。『陽だまりの彼女』という物語が、善福寺公園という舞台を本当に必要としていたかというと、全くそんなことはありません。したがって、この物語に登場する善福寺公園はただの郊外型公園で、舞台探訪として善福寺公園を訪れて何か新しいことを発見できるということもないでしょう。無粋な言い方かもしれませんがね。
善福寺公園がこの物語の舞台となる方法が、実は一つだけあったのですが、それは映像化される際にロケ地となることでした。残念ながら、映像作品では湘南が舞台になってしまったということで…物語の余韻に浸りながら猫を探す際には、善福寺公園ではなく湘南の公園や江ノ島を歩いたほうが確実と言えるのではないでしょうか。

(追記)
BDとDVDの予約が始まっているようです。

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