細野不二彦『東京探偵団』と石神井公園

バブルの時代、地方から上京して東京生活を始めるということがどのように感じられたか。それは人生の青年期で、幸福にもヘゲモニーの中央点に身を置く事への、恍惚感そのものだったのではないでしょうか。自分の所属する都市の経済的成長とそこでの自分の社会的ステータスの向上がリンクしているという共感覚。その集まりが後の時代に振り返ると傍若無人、ナンセンスに振り切れたバブル期のカルチャーを生み出したのです。

バブル期の人間は、思いつきをすぐにでも実現出来る力を持っていました。それはお金という、ヘゲモニーの象徴です。お金の力で、それまでの時代には不可能だった場所、モノに簡単にアクセス出来るようになります。札幌にラーメンを食べに行きたいと思えば、もう次の瞬間には航空券を手に握りしめている、そんな時代でした。

しかしそれは同時に、お金で手に入れる事の出来る全てのものが消費者から等距離におかれてしまったいう事でもありました。上京時に郷里と東京の間に厳然として存在していた非対称はもはや存在せず、全ての事柄が自分を中心とした等距離で組み上がっている。それはなかなかのディストピアな世界です。だからこそ、バブル期の人間はモノや場所に人工的に階差を与える、地図を所望したのです。

細野不二彦氏は、東京都の出身。慶応義塾大学に在学中の1979年に漫画家デビューしました。代表作を挙げて紹介するのが難しいほど、現在でも精力的に執筆を続けられている方ですが、『さすがの猿飛』、『Gu-Guガンモ』、『太郎』、『ギャラリーフェイク』と作品名を挙げていくと、誰しも一度は触れた事のある作品にあたるのではないでしょうか。

そんな細野不二彦氏が、1985年から1987年にかけて連載した作品が、『東京探偵団』です。少年漫画を思わせるタイトルとは裏腹に、内容は大人向けで、アブノーマル描写を含むため少年少女にお勧めできません。しかしながら毎回ダイナミックに展開するストーリーは、ついつい読む人間を少年の気持ちに引き戻してしまいます。

おおまかな筋は、巨大財閥である王道グループによって創設された少年少女探偵団が、お金の力を使って、東京で起こる様々な事件の謎を追い、大都市東京を騒がす怪盗男爵を相手にするというものです。筋から分かるように、少年探偵団もののありがちな舞台装置に、バブル期の破天荒な金遣いのナンセンスさを絡めた風刺作品なのですが、これが細野氏の広範な知識と構想力にかかると、とんでもない怪作へと化けます。

そして同時に、舞台を東京として起こる事件の数々は、東京という街を隅々まで紹介する、良質な地図となったのです。東京に地縁を持たない上京者にとって、東京という街はただの消費活動の中心点でしかありませんでした。この作品においては、東京で起こる事件の背景には歴史が存在する。ときにはバブル的な全能感が歴史の壁にぶつかり、せき止められる事もあります。作者の筆致は、東京の歴史をよく知る者として、まるで当時の東京の持つ全能感と歴史の出会いを楽しんでいるかのようです。

さて、前置きが長くなりました。この漫画が何故この三大湧水池情報サイトで紹介される事になったかというと、漫画の舞台の一つとして、石神井公園が選ばれているからです。

石神井公園が登場するのは、旧コミックス版3巻の『石神井城異聞』という話。タイトルから期待できるように、もちろん石神井城や豊島氏や財宝伝説が関わってくる話です。そして、この話の結末で三宝寺池の財宝として出て来るものは…過去と未来を広範な知識で繋げるこの作者らしく、30年経っても風化しない結末に驚いて下さい。

4月28日(日)の開催にあと一週間と迫った石神井公園の照姫まつりですが、祭の予備知識として、あるいは祭の後の余韻の確認としてこの漫画をどうぞ。

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コメント

  1. […] 桜が咲き始め、ようやっと春の実感も湧いてきました。そして、今年も石神井公園で行われる照姫まつりが待ち遠しくなってきました。 照姫まつりとは、石神井公園でだいたい4月の終わり頃に行われる、石神井城の戦いをテーマとした祭です。照姫というのがこの戦いで三宝寺池に身を投げた悲劇の姫と言われているのですが、よくよく調べてみると…といったところの話は、昨年記事にしていましたね。また、照姫伝説を題材とした漫画として、細野不二彦『東京探偵団』の『石神井城異聞』を紹介していました。 折角ですし、今年の照姫まつりを間近に控えて、今度は照姫伝説を描いた”連載中の”漫画を紹介いたしましょう。 […]

  2. […] このサイトでもしばしば取り上げている照姫伝説ですが(紹介記事、関連作品1、関連作品2)、その物語を楽しみたいという場合には、出陣式における寸劇を見るのが良いでしょう。出陣式前後にはステージ前が非常に混み合いますので、午前中の行列の出発を見送ってから場所取りに動くのも一つの手であるかもしれません。 […]