水草に埋め尽くされる初夏の井の頭池

大樹の陰で日光が遮られる所には繁らないようです 井の頭公園
大樹の陰で日光が遮られる所には繁らないようです

モネの『睡蓮』みたいできれい、と昨年SNS等で話題になったおぼえが。勿論、池の水が清浄に保たれているかぎり毎年見られるはずでしょう。

開園100周年記念事業”かいぼり”完了から2年

冬期に井の頭公園の池の水を抜いて清掃、池底の天日干し。その過程で捕獲した生物は在来種のみを選別して戻す。1917年に開園した井の頭公園の100周年記念事業として、2014年、2015年、そして2017年と3度行われた”かいぼり”は、水を抜く過程で中から出てきたモノ(主に廃棄自転車などのゴミでしたが)が話題となったり、テレビ番組コンテンツとして今もまだ続くかいぼりブームを巻き起こしたりと、井の頭公園という存在の巷における注目度や影響度の高さを改めて感じさせる出来事でした。
さて、かいぼりが最後に実施されてから丸2年とちょっと。かいぼりという手段の方が話題になったけれども、果たしてその成果は目に見える形で現れたと言えるだろうか?井の頭公園ウォッチャーとしては当然そのような疑念を抱きます。当サイトでも、毎年恒例井の頭公園の桜をリポートする際等に池の水がこころなし綺麗になった、いや、それほど変化はないかな、等感じたままに言及しておりますが、なにぶん最後のかいぼりから時間が経ち池の様子も見慣れてくると、果たして今現在の池のありさまがかいぼり以前にはなかったありがたいものなのか、どうにも自信が無くなってきています。できればもっと目に見える形でかいぼりの成果を感じたい。さもなければ、あれだけ大掛かりな手間をかけて行ったかいぼりに効果があったとはゆめゆめ認められない。そればかりか可哀想に外来種判定をうけてしまったコイ等の生物がいなくなってしまったではないか、かいぼり反対!!と老いてあまりある元気をどこぞの都政に対してぶつけるくらいしか楽しみ方が見つかりません。

初夏の井の頭池に繁る水草”ツツイトモ”

そういった話のフリから、冒頭においても言及した目に見える成果の紹介をします。初夏の井の頭池をのぞきこむと、この場所がそこそこの都会にあることを忘れさせてくれるような水の透明度とともに、ワイルドに生い茂った緑色の水草の存在に気を惹かれます。

ここは東京都の真ん中にある井の頭公園

ここは東京都の真ん中にある井の頭公園

七井橋から池の中を覗き込みます

七井橋から池の中を覗き込みます

『睡蓮』の絵面を求めてやって来られた方には申し訳ない、あまり綺麗ではない写真ですが、実際に幻想的な光景を撮るには工夫が必要な、変哲のないワイルドな水草です。名をツツイトモというらしい、絶滅危惧種に指定されている植物です。
七井橋から撮った写真で生い茂る水草が撮れる、ということは、つまりスワンボートが泳ぐ池にもうじゃうじゃと繁っているということ。橋に近い方ではかろうじて緑色でない水面を見つけることができますが、これが東の方に行くにつれて緑一面、かいぼり以前の井の頭池からは考えられないような情景が広がっていきます。

まだスワンボートとの共演が楽しめるあたり

まだスワンボートとの共演が楽しめるあたり

段々スワンが緑色の浸食に押され始めます

段々スワンが緑色の浸食に押され始めます

最早緑色の絨毯に

最早緑色の絨毯に

迷いスワンがいました。フィンに水草が絡んだりしないのでしょうか?

迷いスワンがいました。フィンに水草が絡んだりしないのでしょうか?

スワンボートの往来が多いと水草の生育も脅かされるでしょうから、6月1日までコロナの影響でボート禁止だったという本年度の特殊な条件も影響しているのかもしれませんね。それにしても、迷いスワンに感じてしまうアウェイ感。
どうにか『睡蓮』のように幻想的、絵画的な写真を撮ろうと思っていたのですが、眼前に広がる幻想的というよりも野性的な光景に、ただ見映えの良い一面を静止画として切り取ることは無粋であるとも感じさせられます。武蔵野の自然愛好者としてただただ心を動かされ、井の頭池のこのような姿が見られるとは、長生きをしてみるものですね。

アジサイとツツイトモの共演

アジサイとツツイトモの共演

大樹の陰で日光が遮られる所には繁らないようです

大樹の陰で日光が遮られる所には繁らないようです

池の東端。この辺りの水草はスワンとは未接触でしょうね。

池の東端。この辺りの水草はスワンとは未接触でしょうね。

コロナ禍による公園利用者の現象がこのような光景を作り出すことに寄与したというのならば、まさに禍福は糾える縄の如しというべきなのでしょうか。

今後の水草とボートの共存が気がかり

植物が思い思いに繁った野性的な池というと、同じ武蔵野三大湧水池である石神井公園の三宝寺池を連想します。あちらも初夏に足を運ぶとはっと息を飲むような自然の力強さを感じさせてくれる池なのですが、同じくボート遊びが出来る石神井公園と井の頭公園との違いは、石神井公園の場合ボート遊び専用のボート池という別の人工池があり、三大湧水池のひとつである三宝寺池に武蔵野の自然が再現されてもボート遊びに影響はないということです。
いっぽう井の頭池の場合、今回水草が蔓延っているエリアがそもそもボート池というボート遊び用に区切った区画であるわけです。ボートの利用者に水草を荒らさないよう注意喚起すれば良いのですが、全く水草がない場所を選んで遊んでください、となると、利用出来る池の面積も随分狭くなりスワンの芋洗いになりそうです。そもそも都市公園として井の頭公園に求められているものが来園者に武蔵野の自然の雄大さを見せつけることであるのか、それとも都会にある水場としていっときのレクリエーションを提供することであるのか。かいぼりの外来種駆逐の際にもそこまでのことを求めている利用者がどれほどいるのか?という議論を素通りして画期的な試みだからやってみようと着手されてしまった部分があると思いますが、今後そのあたりをどのように割り切っていくのか、人の手でどのように井の頭池の自然を導いていくのかというのは頭をもたげてきた悩ましいテーマですね。

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